
あら〜アンタかい、久しぶりでないかい」私は(一昨日も病院の帰りに乗せたべさ)の言葉を呑み込んで、
「んだねぇ、Nさん元気そうじゃん」
と応えました。ほぼ毎日近所の内科医院に通う、独り暮らしのおばあちゃんです。
同居していた娘さん夫婦は、去年から釧路に転勤中なのです。
「きょうは飛行場まで。ヒマゴに会いに行くんだわ」と言いながら、Nさんはバッグから葉書を一枚取り出しました。
「写真入り年賀状」です。私宛のときにはちょっとムカッとする、幸せを絵に描いたような親子が写っています。満面の笑みを浮かべた赤ん坊が、手書きの吹き出しで「バ〜バ、夏には遊びに行きましゅから、元気でね〜」って。
「ふ〜ん、メンコイねえ」
「うん、だけど夏に来るっていってもねえ」
Nさんは同じ医院に通う友達が、一週間ほど前に突然亡くなったことにショックを受けているようです。
「元気だったんよ、齢もワシより十も下でねえ、人の寿命なんてわからないもんだわ」
と言い、自分にもいつ「お迎え」が来るかわからないから、自分から曾孫に会いに行こうと決めたそうです。
「ひとりで大丈夫かい、羽田空港はデッカイよ」
「大丈夫だ、去年も行って来たし、今日も孫娘の婿さんが迎えに来るから」
旭川空港には今日も、貸切バスが何台も団体客の到着を待っています。
「ありがとうねえ、4390円です」
「はいよ」
と言ってNさんが差し出したのは、舞扇のように開いた一万円札が五枚。
ピンピンパリパリの福澤諭吉が五人並んでいます。
う〜ん、じつに美しい!(って、そんな場合かよ)
「Nさん、飛行機代払うのは中の・・・」
と指をさそうとした先には、本人が航空券をヒラヒラさせているじゃありませんか。
以前にもNさんは、いつもの医院に着き550円の支払いに5500円を出してきたことがあります。どうやら、ときどき金種の認識があやふやになってしまうようです。
認知症の人には、頭ごなしに間違いを指摘してはいけないらしいので、
「ちょっと多かったからさ、落とすんでないよ」と、
45、610円の「お釣り」を手渡しました。
Nさんはそれでも間違いには気付かないようです。
「じゃあ行ってくるわ。アンタ、帰りは車に気をつけなさいよ」
と私の科白を横取りして、Nさんはターミナルビルへ入っていきました。
ん?大丈夫なんだろうかと様子を窺うと、搭乗予定の航空会社のカウンターでは、きれいなお姉さんがニコヤカにNさんの応対をしています。少し気懸かりでしたが、私はタクシーをスタートさせました。
来るべきときは人それぞれにしても、人は誰でも公平に齢を重ねていきます。
「老い」もまた同じ。
私はいま、Nさんが初めて会う曾孫と一年でも一日でも長く、同じ時間を共有できることを
願っています。
独り居の 夏になりゆく 灯影かな 長谷川春草
句の舞台となるのは銀座出雲橋、下を流れるのは築地川です。
作者はこの地で小料理屋「はせ川」を営んでいました。現在の銀座七丁目あたり、今は埋め立てられて、その面影を探すのは難しいかもしれません。
川沿いにぽつりぽつりと灯りがともる、センチメンタルな初夏の夕景です。
初夏や 幕引きはまだ 先の先 侘助